装甲騎兵ボトムズ外伝 コマンドフォークト
人の脳内で一つの物語が創造されたとき、様々な表現方法があります。
小説・アニメ・ドラマ・映画・アニメetc・・・・・・・
コンピューターやネットなどのIT技術の劇的な発展の中で、古からの表現媒体であり、アナログの極みでもある「活字媒体」・・・つまり書籍は、今もそして未来も永遠に不滅だと我が輩は思います。
例えば、アニメでAT(ロボット)がローラーダッシュします。でもそれだけでは「どれくらいのスピードなのか」とかは判らない。もちろん早いのだろうけど、どんな早さなのかが伝わりずらい。
一方小説では
「明らかに人間の生理限界を超える激しいい振動は、ATの高度な制御装置ですら吸収し切れない不規則なGがコクピットの操縦士を攪乱する~中略~全身でGを受け止めながらの操縦は、当然のように激しい体力の消耗を操縦士に強いた」 (※本文より抜粋)と、ローラーダッシュのスピードを表現するだけでそのスピードの凄さはもとより、パイロットの技量の高さまで伝達する(イメージを構築させる)というのは小説だからこそ成し得る絶対的な表現方法。(他にも手袋のすり切れ具合だけで、操縦士の技量を表現したりもしてました。)
戦闘中の主人公の心境なども、小説だからこそ細かな解説ができるんだなと実感。
活字媒体を読むことで、脳内の使われていない部分をギュンギュン使っているような気がします。
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こっからは小説の内容についてチョットだけ(興味無い方はスルーして結構)
こっからは小説の内容についてチョットだけ(興味無い方はスルーして結構)
☆軍隊としてのAT戦線の表現
アニメはあくまで脱走兵キリコ個人の物語。クメン編では確かに軍隊に身を置いたけど、傭兵として割と自由に振る舞っていた。ペールゼンファイルズでようやく軍属兵隊としてのキリコが描かれておりますが、こちらはバリバリの軍隊。
隊長のフォークトを中心に、作戦をたてそれに従い行動し、予想外の突発事項があれば臨機応変に戦士としての経験と感覚を駆使するあたり・・・非常に痺れます。 作戦単位の視点でギリギリの状況を打破しなければならないというのも非常に巧く表現出来ていたと思います。
☆整備兵のクローズアップ
アニメのボトムズではキリコ本人が行うことと、乗り捨ててしまうこともありあまり触れられていなかったポイント。・ベアリングのオイルを塗り替えるだけで滑らかに動いたり
・数ミリのシート位置だけでパイロットが違和感を感じたり
・機械でATを洗浄せず、整備士が手洗いすることで装甲の傷などを見つける
等々、実に細かなミリタリー設定がギュンギュン表現されて痺れる。
デリケートなATとAT乗り・・・・あうんの呼吸でタッグを組む整備兵の格好良さも表記されていたのが新鮮でした。
とはいえ、引っ掛かる部分もありました
・ATの内部メカに機能を盛り込みすぎてるような気も・・・
・バーチャルイメージ技術??演習で見分けが付かない程精巧なら、実践にて攪乱目的に実用出来ちゃうだろう??
・レーン大尉がキリコと被って見えるのはわざとの設定か??
・ATのほふく姿勢??それは強引な・・・・
・ボックメッサーの扱い(設定)がメチャクチャバランス悪い・・・・特に最後の戦闘で持ち味である長距離射撃全然関係ない戦闘状況だし・・・・あまり発言もないし・・・・ボルクも素晴らしいバックボーンを持ってるのになんだか存在感薄くされちゃって・・・特定の隊員をクローズアップするにもバランスが悪すぎる。
・ATの内部メカに機能を盛り込みすぎてるような気も・・・
・バーチャルイメージ技術??演習で見分けが付かない程精巧なら、実践にて攪乱目的に実用出来ちゃうだろう??
・レーン大尉がキリコと被って見えるのはわざとの設定か??
・ATのほふく姿勢??それは強引な・・・・
・ボックメッサーの扱い(設定)がメチャクチャバランス悪い・・・・特に最後の戦闘で持ち味である長距離射撃全然関係ない戦闘状況だし・・・・あまり発言もないし・・・・ボルクも素晴らしいバックボーンを持ってるのになんだか存在感薄くされちゃって・・・特定の隊員をクローズアップするにもバランスが悪すぎる。
読み終えて冷静に振り返ったり、ジックリ読むとちょっと・・・という部分も正直ありますが、一気に勢いに任せて読んでみると熱いものが込み上げてきます。
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小説で仕入れた情報や表現をフィードバックすることで、テレビシリーズを更に深く、面白く視聴出来るのは非常に収穫でした。 う~~む~~プラモ組みたくなってきた。
高橋監督直筆の「孤影再び」文庫化されないかな・・・・・・